この記事は2018/4/9にand.messageで公開されていた記事です野山が緑に染まり始めた4月のはじめ。 「山菜がとれるうちにいらっしゃい」 その言葉に甘えて「土佐和ハーブ協会」の松岡 昭久さんが営む「和ハーブ自然園」に向かった。 車は高知市街の喧騒を離れ、仁淀川沿いの道を北へ北へ。「奇跡の清流」と称される透き通った紺碧の流れと、若芽を吹いたばかりの草木だけが目に飛び込んでくる。当然、車の窓は全開に。緑の香る風をたっぷり味わうためだ。 思えば、こんなに爽やかな空気の中で過ごすのはいつぶりだろう。うれしすぎて、道中ずっと風を吸っては飲み、吸っては飲み。これだけで元気になったと感じるのは、気のせいではないはずだ。目指す「和ハーブ自然園」は、いの町小川柳野の山の中にある。 そもそも“和ハーブ”とは、「一般社団法人和ハーブ協会」が、“身土不二”の考えに基づいて定義した、日本原産、あるいは江戸時代以前より日本に広く自生している有用植物のこと。 「定義はさておき、私は、自分の中で、“野草”を“和のハーブ”と位置づけています。シソやユズ、サンショウ、ショウガ、ヨモギ……といえば、ピンとくるかもしれません。植物は、その生きてきた環境により、さまざまなフィトケミカル(植物性化学物質)をつくり出し、進化してきましたが、それがたまたま人の役に立つものでした。私にとって和ハーブとは、フィトケミカルそのものなんです」と松岡さん。 考えてみると、人の暮らしのすぐそばに野山があったころは、わざわざ「園」をつくる必要はなく、人々はそこら辺に自然に生えている野草をつみとり、生活にとり入れていた。料理やお茶に使ったり、化粧水や虫除け液をつくったり、お風呂に入れたり、染物に利用したり……と、それぞれの植物が持つ力、つまりフィトケミカルをちゃんと把握し、それを生かす知恵を備えていたが、経済活動に価値をおく社会の中で、この豊かな知恵の伝承は途絶えてしまった。 かわりに台頭したのが、化学製品と言えるだろう。薬やサプリメントに、染料や洗剤や石鹸……など、すぐに手に入る「便利なもの」が、身のまわりにあふれている。 若い頃、抗生物質の研究をしていた松岡さん曰く、 「医薬品を含め、人がつくり出してきた化学物質には、有害なものが多く、リスクがつきものです。植物由来の生薬に関しても、確実な薬効を得ようとするあまり、有効成分のみを抽出しているので、身体に対して副作用があります。もちろん、必要な医療は否定しませんが、行き過ぎた医療行為は、自然体で生きようとする体には不要だと思います」 とのこと。たしかに、自然いっぱいの“緑の風”をおいしいと感じるわたしたちの身体はちゃんと知っているはずなのだ。自分たちの遺伝子には植物が必要なことを。山の斜面に沿って曲がりくねった道をのぼり、向かいに見える山の稜線と視線が同じ高さになったころ、松岡さんが管理する「和ハーブ自然園」があらわれた。植物をイチから育てる畑と違い、もともと生えていた和ハーブの生育を手助けするための場所なので、素人目には、ふつうの山の風景にしか見えないのだが、言われてみると確かに、大きな木がなく日当たりがよい。 ここでもやはり、まずは深呼吸。緑の匂いの合間から、あたためられた大地の水分が蒸気となってモワモワと鼻をつき、一瞬で体がゆるんだ。山の効果ってすごい。 私の感動をよそに、松岡さんはずんずん「和ハーブ自然園」の中へ入っていく。「ほら、あった」 と、指さされた先には、若芽の先をくるんと内に巻き込んだワラビがいた。山菜といえばワラビというくらい、なじみ深い植物だが、ふだん、すでに調理された茶色いワラビしか見ていないので、黄緑色の茎に赤い毛をつけ、恥かしそうに頭を垂れる姿に、正直、驚いた。こんな可憐な植物なのか。つみとるために、茎を折ったら、水分たっぷりの茎からポキッと音がなり、少々心が傷んだ。 「子どものこぶしに似ているところから、“蕨手(ワラビテ)”とも言われるの。葉っぱが開きかける、このくらいがちょうど食べごろ」 ちなみにワラビもちは、夏から秋にかけて根茎から取れるワラビ粉(デンプン)を使ったものだが、現在では、生産効率の問題から、サツマイモなどのデンプンを使用しているらしく、本物のワラビ粉を使用したワラビもちは貴重な品なのだとか。「これはカキドオシ」 聞きなれない名前のこの植物は、角ばった茎に半円形の鋸歯縁の歯、その先には淡紫色の花をつけていた。「垣根を通して、隣家へ入り込む」ほど生命力が強いことから、「垣通」という名がついたのだそう。 「食べてみて」との言葉を受け、葉をもぎったら、ミントとバジルの間のような、さわやかな匂いが広がった。噛んでみると、ほんのり苦い。このあとを引く苦味が、薬味にぴったりなのだとか。 「これはね、血糖値の上昇をおさえる作用があるから糖尿病対策やダイエットにいいとされているの。あと、美白効果があって肌にもいい」 なんですって! もぎって握りしめていた残りのカキドオシを慌てて口の中へ放り込んだのは、言うまでもない。取材・文/多田千里 写真/永田智恵Writer : Chisato Tada Photo : Chie Nagata